対談

【収録 2011年12月09日(金)】

第2回「被災地が復興に至る道」とは 2 / 2

「被災地が復興に至る道」とは -Part2-

「津田大介の『メディアの現場』」vol.23より転載(構成:松本香織)-

 

津田:
そもそも川井さんは、不動産業をメインに手がけていたんですよね。観光ビジネスに乗り出した背後には、どんな問題意識があったんですか?

 

川井:
これからの社会では、どんどん人口が減っていくじゃないですか。だから、地元に住んでいる人――定住者を対象にしたビジネスだけやっていたら、 立ちゆかなくなってしまうと思ったんです。旅行者たち――「交流人口」を相手にしたビジネスをやれば、外からお金を持ち込んでくれて、地元でお金が回っていく。そう思ったのがきっかけですね。

 

 

津田:
旅行者を地元に呼び込むというのは、国内、海外両方からということでしょうか。

 

川井:
はい。でも、特に海外から交流人口を呼び込むことが大切だと思っているんです。 1、2年前に話題になった『デフレの正体』(角川oneテーマ21) という本がありますね。あの本には、「日本の人口はこれから減少するから、 経済は必ず縮小する」という趣旨のことが書かれています。そういう結論に至 るのは、定住人口にしか視野を向けていないからなんです。そうではなくて、 海外から交流人口を呼び込めば、経済成長につながると思うんですね。 日本では定住者向けに、すごく手厚い住宅政策が行われてきました。 都市再生機構を作って市街地を整備したり、賃貸住宅を供給したりして。 でも、交流人口を拡大するための政策、特に富裕層向けの政策が非常に手薄になっています。

 

津田:
僕、9月にテレビのロケでセーシェル共和国に行ってきたんですよ。セーシェルは手付かずの自然が残っている観光立国なんですね。 フランスとイギリスが領有権を争っていたという過去があるために、英語とフランス語が通じるんです。そうすると、欧米の富裕層が来る。 でも現地に行って「これは日本と一番違うな」と感じたのは、食事だったんですね。セーシェルのレストランはかなり高くて、これだけ円高でも、プレートの魚料理が日本円でだいたい2000円くらい。現地の人たちの月収平均は4、5万円程度です。 つまり、彼らはレストランに入らないんですよ。商店街でパン3つを50円くらいで買って済ませてしまう。日本の場合、観光地のレストランに行っても、現地の人だって普通に来ていますよね。定住者と旅行客で、そこまでの格差がない。 そこが一番違うところだろうなと思います。

 

川井:
それは私が北京に行った時も感じましたね。しばらくの間は観光客向けの高い食事しかしなかったんです。だけど同行の社長さんが「面白いところに 連れて行ったろ」と、地元の人たちが行くレストランに連れて行ってくれたんですよ。そうしたら、そこそこおいしいごはん全員分が1万円くらいで出てくる。 中国の場合も「外貨を稼ぐ空間」と「地元の人が行く空間」を明らかに使い分けています。日本もそういうことを政策として、しっかりやる必要があるんじゃないでしょうか。

 

津田:
そうそう。格差を良しとしないのが日本の特徴だけど、使い分けによって地元の経済が回るようになるんだったら、そういう政策は必要ですよね。

 

川井:
価格だけじゃなくて、景観についてもゾーンで差をつける必要があると思うんですよ。日本の街は今、どこに行っても同じような印象になってしまっ ている。観光客が奈良に来たとしたら、夢を壊さないよう、「あ、奈良に来たんだ!」と思えるような景観をちゃんと残していかなければなりません。やっぱりディズニーランドやUSJはそこがうまいですよね。今、奈良では「三条通り」という歴史ある目抜き通りに、マンションの建設計画が立っているんです。仮におかしなマンションが建ってしまったとしたら、奈良は大切な観光資源を失ってしまいます。そこで私は童話作家の寮美千子さんと一緒に「三条通りをよくする会」という署名活動をやって、マンション業者への指導を求めているんですよ。 寮さんは5年前に東京から奈良に来られて、この町を 気に入ってくださったんです。そして、外から来た人の目線から、街のすばらしさを守り、さらに発展させていこうとしてくれています。彼女は「ここにつまらない建物を建てたら、いくらなんでも台無しになりますよ」と話してくださっているんですね。街づくりを行うにあたって、何を残し、何を変えていくか。そこがもっときちんと語られなければならないと思っています。

 

津田:
地元の良さを活かして観光資源とし、交流人口を増やしていくには、外部からの客観的な目線がキーポイントになると。

 

川井:
そう、地元を好きになってくれる外部の人には、すごいパッションがあると思うんですよ。「こうあってほしい」「ここが好きだから、変わって もらったら困るやん」という。

 

津田:
これは東北の復興に応用できる部分もありそうですね。東北には「自然」という豊かな観光資源がある。僕は父親が兵庫県の丹波篠山、母親が 長野県の上田市出身なんですけど、自分自身は東京生まれ東京育ちだから、地方のことはよく知らなかったんですよね。それが2年ほど前から講演で 全国各地に行くようになったんです。実際行ってみると、すごく楽しい。 でも過疎化をはじめ、地方を取り巻く厳しい現実もある。そのなかで 「地方がこれから再生していく方法はないのかな」と漠然と考えていました。 今回、震災が起きて東北に行って、その具体的な方法論が少しずつ 見えてきたようにも思ってるんです。決して震災を肯定するわけじゃないんですが、起きてしまったことは仕方ないわけで、これをどう地方再生につなげるきっかけにしていくか、ですよね。

 

川井:
私は福島には未来があると思っているんですよ。第二次世界大戦で被災した広島が今、観光で成功していて、外国からもたくさんの方が来ているからです。
>>広島市に入ってきた年間観光客数
>>宮城県女川町 地元民の助けで中国人研修生約百人が生還
こういう言い方をすると語弊があるかもしれませんが、もしかするとある種の悲劇が人の興味を引き付け、「もっと知りたい」と思わせるのかもしれません。福島には現在、放射線量の問題があります。 だからすぐにどうこうという話にはならないでしょう。でも、福島は再生するだろうと私は期待しています。

 

津田:

少し時間はかかるかもしれないけれど、福島をはじめとする被災地は、再生する可能性が十分にある、と。近々のことで言うと、これから被災地を どう支援していくかという問題があるじゃないですか。けど、「被災地」とひとくちにいっても、いろんな場所があります。その中で、なぜ僕が福島県のいわき市や南相馬市に頻繁に行っているのか。大きな動機付けになっていることがあるんです。いわき市には1年くらい前、たまたま講演に呼んでもらって、「いいところだな、また来たいな」と思っていたんですね。それが3カ月後くらいに、ああいうことになった。南相馬市は、僕が住んでる東京都杉並区が姉妹都市なんです。だから地元の回覧板を見ると、「姉妹都市の南相馬市ではパソコンがなくて困っています。要らないパソコンがある人は寄付をお願いします」 みたいなことが書いてあるんです。それで友人のIT企業の社長と一緒にパソコンを送る手続きをしたり、「南相馬市に行って手伝おう」と考えたりする。
被災地支援にも、何らかのモチベーションや当事者性が必要です。それにあたっては「姉妹都市」が鍵になってくるんじゃないかと思っているんですよね。

 

川井:
いいですね。ちょうど昨日、私のところに中国の方が来られて、「天津市が姉妹都市を求めています」って言うんですよ。2010年9月には、領有権を めぐって争っている尖閣諸島の近くで中国の漁船が発見され、逮捕・送検するという「尖閣諸島中国漁船衝突事件」がありました。あの事件ですごく揺れた 関係で、日本は今、中国と離反しています。でも中国国内では、「わが国では愛国教育が行き過ぎた。今回の震災で日本を支援したい。それにあたっては、 観光に行って日本にお金を落とすのが最もよい」というプロモーションが実は行われているんですよ。

 

津田:
そうなんですか。全然知りませんでした。そういうプロモーションが行われるようになったきっかけは、何かあるんでしょうか?

 

川井:
今回の震災で津波被害を受けた宮城県女川町には、中国からたくさんの研修生が来てたんですね。現地にある「佐藤水産」という水産会社には、研修 生が20人いました。地震が起こった時、この会社の専務さんは、家族を後回しにして彼女たちを高台に避難させたんです。それで全員が助かりました。専務さん自身はいまだに行方不明なのですけど……。
>>中国人研修生20人の安全優先 宮城・女川の男性に感動の声 家族は安否を心配
>>ツイッターが変える日中の未来
として大きく報道されたんですよ。日本への態度が大きく変わったのは、これがきっかけと聞いています。2012年は日中友好40周年。だから大々的な交流事業がいくつか始まるでしょう。仮に女川町が中国のどこかの都市と姉妹都市になったら、中国からたくさんの方がいらっしゃるんじゃないかと思います。

 

津田:
なるほど……。日本の報道では、どうしても情報が断片化しちゃって、「中国はいまだに反日なんだろう」と思ってしまうところがありますね。以前 「ニューズウィーク」でツイッターですごく有名な安替さんという中国のジャーナリストと対談をしたんですよ。
彼によると、中国の反日報道や日本の反中報道は結局のところ、極端に偏っているメディアが伝えているだけだと。
それでお互いに悪いところだけを見て、憎悪をかきたてているところがある。やっぱりそれは不毛だなという気がするんですね。

 

川井:
中国では全体的に反日色が薄くなってきていますよね。私は奈良県の観光プロモーションで、この2年の間に6回中国に行っているんです。
中国のホテルで何気なくテレビのチャンネルをつけたら、かつて日本が占有していた中国の満州の話が出てきたんです。「また反日教育の番組かな」と思ってテロップを見ていると、「ここには日本が鉄鋼工場を作ったから、今非常に経済の調子がいいです」と、こういうストーリーになっている。日本に対する感情が変わってきているんです。実際、私がレストランで食事をしていると、中国の男性が、お皿を手渡してくれたり、いすを引いてくれたりと、すごく優しく対応してくださいます。着物を着て歩いていると、ものすごく待遇が良かったりね。もちろん中国版ツイッターの「新浪微博(ウェイボー)」 なんかには、日本人を傷つけるような言葉もたくさん書き込まれています。でも、全員がそうしているわけではありません。

 

津田:
「反日」といえば、一つ面白い話があります。僕は非常勤講師として、「J-School」という早稲田大学大学院政治学研究科のジャーナリズムコース でツイッターやネットのジャーナリズムについて教えてるんですね。そこは中国人留学生、しかも女の子がすごく多いんです。僕の授業でアシスタントをやってくれてる女の子も中国人ですけど、日本に来たきっかけが変わってるんですよ。中国では政府がネットの検閲をして、自分たちに不利な書き込みを消しているじゃないですか。
でも、書き込み数が多すぎるから、政府単体ではとてもじゃないけど手が回らない。
だから検閲を民間の会社に業務委託してるんですよ。彼女はそういう会社にいたんです。
そして、親日的な情報や反中的な情報を見て、どんどん削除する。
そういう仕事をしていて日本の情報に接しているうちに、日本製アニメなんかも大好きになって、親日になっちゃったんです。それで日本に留学しに来たと(笑)。

 

川井:
ふふふ(笑)。そういう人が日本で学んで、中国のマスコミに戻っていけば――。

 

津田:
そう、5年後、10年後のスパンで日中関係は変わっていくと思うんですよね。

 

川井:
本当にそうですね。せっかくですから、津田さんも奈良の町をご案内しましょうか。特に先ほどお話しした三条通りを見ていただきたいんです。私は この通りが、奈良で一番お金が落ちる道になったらいいなと思っています。 ここにマンションが建つことが、いったいどんな効果をもたらすのか。不動産をやっているプロから見ると「これはまずいんじゃないの?」と思いますね。 京都も祇園界隈は別として、京都ならではの雰囲気がずいぶんと失われつつあります。日本中の街が均質化しつつある中で、奈良は珍しく独特の感じが残っています。だからこそ、大切にしていきたいんです。

 

津田:

僕は2011年、ドイツのベルリンに行ってきたんです。すごくいい町でした。ベルリンにも六本木ヒルズみたいな近代的なビルがあって、古いお城のような建物と隣り合っていたりして。それがデザイン的にもすごく調和するようになっているんですよね。向こうの人の話を聞くと、再開発も結構しているんですよ。その時に、住民投票をするらしいんですよね。そうすると、公園になることが多いと。新しいビルと古いものが調和していて、しかも緑がいっぱいある。 「ここだったら住んでもいいな」と思うくらい、街として魅力的でした。

 

川井:
都市の景観は、人を引きつけます。私はそういうものを大切にするまちづくりのために役に立てればと考えています。これから日本に生まれ、 暮らしていかれる方に自分が残せる財産というのは、そういうものだと思うんですよ。
被災地でも町を復興していく時、ぜひ景観づくりに取り組んでほしいです。今、被災地の岩手県大槌町のプロジェクトにもかかわっています。ここは被災前から、高齢化と過疎化の問題を抱えていました。けれど、大槌町には国立公園に 指定された豊かな森林と海洋の景観や資源が存在します。その豊かさ、美しさはなにものにも代えがたい。だからこそ、いま、とても大事な時だと思うのです。100年先に来ても「ここに来て本当によかった」と感じられるように。 すべてがなくなってしまったからこそ、一から創ってほしいと思うんですよ。


みなさん、いかがでしたでしょうか? 津田さんは、情報が社会にどのようなインパクトを与えるのか、ということについて、意識を強く持っていらっしゃる方だと感じました。
情報とは何でしょう? 情報とは、意図があって発信されるものです。
ある意味においては、拡声器とも言えるでしょう。
しかし、情報発信者に拡声器としての意識があるかないかでは、発信される情報が違ってきます。
今、どんな情報を流せば良いか? 人々に今必要な情報は何か?
津田さんは、そのことについて深く考えてこられた方なのではないでしょうか。
情報を受け取る私たちも、信用に足る情報はどれなのか、を見極める力を養わなければなりませんね。