対談

【収録 2012年02月14日(火)】

第4回「“フェアネス”と“阿吽の呼吸”」 2 / 2

日米の人事評価の違い

川井:

グーグル・ジャパン設立当初の10数人のトータル・ラインについて評価するのは社長の仕事なのですか?

 

村上:
社長だけではなく、360度評価なんですよ。直属の上司、部下、同じファンクションの同職位、違うファンクションの同職位、という少なくとも4人と本人が評価する。目標設定も、本人がこの4人とします。

 

川井:
なるほど。

 

村上:
真ん中にいる本人だけではなく、この4人、360度が納得しないとダメです。到達可能なゴール設定をすることになってはいますが、例えば本人が8割の力でできるゴールを設定するのが普通です。その設定過程では、「いやここまでやってもらわなきゃ困るよ」という場合もあれば、逆に無茶な目標設定をしている場合もある。特に同じファンクションの上下だと、大体上司というのは部下の目標を足し算して、その上自分の役割をプラスしてゴール設定をしますから、ひたすら部下のゴールを高くすればいいということにもならない。

 

川井:
確かに。

 

村上:
予めゴール設定に納得していますから、今度はその評価についても納得できる。しかも、必ず数値目標に落とし込みますから、後で評価者の数値化されない個人的理由に基づく調整ができないようにしてあるんです。

 

川井:
すべての人の評価を4者でするって、ものすごく時間がかかりませんか?

 

村上:
ええ、ものすごく時間がかかる。ものすごく時間をかけるのです。

 

川井:
評価は1年に1回ですか?2回ですか?

 

村上:
1年に1回。ですが、クウォーター(四半期)ごとに、簡単な評価と目標の見直しをします。

 

川井:
最初は10数人の部下全員に対して評価されていたわけですよね?
最大何人くらいまでチェックされたんですか?

 

村上:
20人くらいでしょうか。

 

川井:
それだけで、精力を使い果たしちゃいそうです…。

 

村上:

システムを使っていましたから、そこまでいかないですけどね。
このシステムが実によくできていて、「人間様っていうのはだいたいこういうもんだ」と納得ができるように、項目が網羅されている。アナログな部分についても、よくぞここまで細かく広げたなと感心します。 アメリカの職種HR[*4]では、バックグラウンドとして心理学の修士号を持っているような人達が来ていますしね。
アメリカの仕組みとして、人事評価をゴール設定から含めて時間をかけて延々やる。その事務処理をいかにフェアかつ簡単にできるかが重要ですから、人事評価システムを作る会社もたくさんあるということです。 一方で日本の人事には、“阿吽の呼吸”のような仕組みがあるじゃないですか。

 

川井:
あいつも子供ができたしなあ…給料プラス、とかですよね。

 

村上:
それをやり出したら終わりですね。

 

川井:
あ、ダメですか。

 

村上:
もう全部崩壊しますね。要するに、人間はそんなに完全無欠じゃない。しかし、「アンフェア」というのは最悪の罵りですから、「フェアネス」を何とかして保とうとみんなが努力しています。
日本の場合は、焼鳥屋で一緒に会社の悪口を言ってみたり・・・。まあ、内容は「会社に戦略がない」とかでしょうか。そんなことは誰でも言えるわ! というような事を肴にしながら焼鳥を食べたと。
ボスとのその焼鳥の回数が多い奴が、やっぱりボスの覚えが良いみたいなところが、人事評価にどうしても紛れ込むじゃないですか。アメリカでは、それをなんとかして仕組みにおいて排除しようとするわけですよ。すべて客観的な数値目標にして納得をする。個人的な感情で評価を左右しようがないようにね。

 

川井:
そういったアメリカのフェアネスな人事評価を見てこられて、日本企業の限界みたいなことは感じられますか?

 

村上:
引き続き、なんとなく終身雇用であるとか、正社員はクビが切れないとか、しかもお給金の上がり具合が年功序列であるとかいうふうになっていますからねえ。たとえば「ゴール設定と評価」というところだけ切り出して、システムを使っても、おそらく動かないですよ。

 

川井:
う~ん…なるほど。

 

村上:
外資は実際に評価によってクビを切りますから。

 

川井:
バブル崩壊以降、クビを切られる前に会社が潰れるということが起きましたよね。

 

村上:
私の方針として、たとえば新しい人が入ってきたときや、就任挨拶で「終身雇用は保証しません」と伝えます。「ライフタイム・ロング・エンプロイメント(終身雇用)はないが、皆さんがライフタイム・ロング・エンプロイアビリティ、つまり、終身雇用される能力をつけることを会社として一生懸命お手伝いします」という約束だけはしました。

 

川井:
お仕事はOJT[*5]がやっぱり多いのですか?

 

村上:
もちろん研修にも出しますよ。特にマネジメントの研修、あとは英語です。英語ができてマネジメントができたら、だいたい食いっぱぐれないと思いますけどね。

 

川井:
なるほど、日本社会ではね。
一般的に、マネジメントは計数が読めることっていうふうに思われがちですけど、そうじゃないですよね?

 

村上:
そうじゃないです。それは経理がやってくれます。
マネジメントは、意味合いが解ればいいのです。

 

川井:
そうそう。だから、一番重要な事はやっぱりお金を回せること。もしくは人を回せること。

 

村上:
外資の楽なところを言うとね、いわゆる資金繰りの心配がないのです。もちろんゴールはあるんですけれども、金回りにおいては売上とコストの2つだけなんですよ。コストについても可変部分は、マーケティングと人件費のみ。オフィスのコストなどは、だいたい決まっていますから、ボリュームのいじくりようがないんです。

 

川井:
そうすると、いかにして売上を伸ばしていけるか?

 

村上:
ですから、だいたいの外資の日本法人では営業が重要になりますよね。
その点、グーグルはちょっと違っていましてね。グーグルは物ではなくオンライン・ビジネスであり、サービスを売っていますから、システム上でだいたいの行き先が描けているのです。逆に言うと、急変はあまりしない。オンライン・ビジネスと、コンピューターそのものを売ることとはだいぶ違います。
コンピューターそのものを売っていたときは、四半期の終わりには、目が血走っていましたからね(笑)

 

川井:
なるほど。
本日は、いろいろなお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。


皆さん、いかがでしたでしょうか?
村上さんと知り合ってから1年余り。昨年は私も執筆中でしたので、自分の頭の中を再度整理するという意味でも、本当に大切な出会いであったと思います。
村上さんは、「ツキがある」と言われることがあるそうです。しかしこれまでのお話や、今回の対談を通して私が思うのは、どのようなリスクがあるかということをご存知で、リスクを回避する術もご存知の方だということです。村上さんは単にツキがある人なのではなく、「セレンディピティ=幸運(価値あるもの)を呼び込む力」を持っている人なのだと感じています。
さて、今回の対談の内容には出てきていませんが、村上さん近著の「一生食べられる働き方」(PHP新書)は、自分の人生をスタートしようとする若い人々にとって、極めて大切な一冊だと感じました。
「規範」を得ることは、幼少期において大切な教育であり、親から子へ伝えられる財産だと思います。対談の中にも出てきたように、私の家は商売をしていましたから、銭箱がありました。十円玉が何百枚もあるから、1枚2枚とってもきっと分からない。しかし商売のお金には絶対に手をつけないというトレーニングをさせられていました。商売(会社)のお金と、自分のお金。親のお金と、私のお金。はっきりと「区別」をして、「始末」を教え込まれました。厳しい罰を与えられたために恐れて手を出さないのではなく、家族全員が互いの「個」を尊重するというルールの中で生きていたのです。
今になって、この内的規範は大切な財産であると痛感し、家族に深く感謝しています。 村上さんのご著書は、そのことを思い起こさせてくれました。 ご一読されることをおすすめいたします。

 

[*4]HR

=Human Resource(ヒューマン・リソース)≒日本の人事部門

 

[*5]OJT
=On-the-Job Training
実際の仕事を通じて、必要な技術、能力、知識、あるいは態度や価値観などを身に付けさせる教育訓練のこと。