対談

【収録 2011年11月08日(火)】

第1回「天の時、地の利、人の和」 2 / 3

「地の利」① スペイン・ビルバオと金沢を例に

川井:

私が不動産事業をさせていただいているということもあって、現代においてまちづくりは大きなテーマじゃないかなと。もっと前から大きなテーマだったとは思いますけれども。
文化によって都市を形成していくとき、景観が一つの大きなテーマになってくる。京都もそうですけれども、奈良もそうだろうと思います。先生がこの「価値を創造する都市へ」という研究会の座長をされたときのお気持ちをお聞かせ願えればと思います。

 

中牧:
NIRAというシンクタンクの理事を5年間やりまして、そのときに3冊、都市文化政策についての本を出していて、これが最後の本です。 「クリエイティブ・シティ」という考え方で、都市を作っていくときに文化というものがどういう役割を果たすのか、ということを考えるために研究会を立ち上げてまとめたものです。
そのときは「地域の活性化」ということが意識にあって、地域のもっている多様性、つまり外国の人たちを排除するのではなく取り込んで、その人たちの力を生かした上での街づくりというのも一つの大きなテーマでした。
また、産業を振興して街づくりをするときに、その産業が単なる「ものづくり」ではなくて、「カルチュラル・インダストリー」という文化産業、新しい分野の産業をどう取り込んでいくかということも一つの柱になっていた。諸外国の様々な事例をどのように生かすかということを研究していました。
人々が住みやすい、暮らしやすい環境を整える。それにどう智恵を絞るかということを、内外のいろいろな実践例を集めて検討した。

 

川井:
たくさんの事例を見てこられたと思いますが、ここが一番興味があるというところはありますか?

 

中牧:
どこかを挙げるか、というとそれはなかなか難しいですね。
でもヨーロッパの例では、産業が衰退して、どうしようもなくなったところが、再生の道へ進み成功していくんですね。転換を上手にはかっていく。そのときに、「文化」が重要な役割を果たすんですよ。
例えば、ビルバオというスペインの街があります。ここは造船業で栄えた工業都市です。造船業が衰退したときに、街の人たちは「文化」に舵を切ったんです。広場を中心とした文化施設を充実させると同時に、アメリカのグッゲンハイム美術館の分館を持ってきたわけですね。
それがまたモダンな格好の美術館で、巨大なインスタレーションを置いたり、先進的な芸術家の作品を並べたりしたんです。
ご存知ですか? 外装はチタンでできているんですよ。
ギンギラギンです(笑)

 

川井:
都市の名前は存じていますが、その美術館そのものは存じ上げません。

 

中牧:
ニューヨークにあるグッゲンハイム美術館なんですが、そこもおもしろいですよ。まず最初に最上階まで行って、下りながら展示を見ていくんです。

 

川井:
文化やモダンアートが人を呼び込む力というのは、まだまだこれからさらに広がっていくものなんでしょうか?

 

中牧:
一方では伝統を生かした形での再生もあるし、もう一方では新しいもの、それこそ奇抜ではあってもグローバルに名声の高いものを持ってくる。
そこに集中的に投資をすることによって、周りの環境までが整いはじめます。汚かった川が、魚が見えるくらい綺麗な川になるわけです。
景観ごと整ってくる。そこに外国人の観光客がどっと押し寄せてくる。
その仕掛けをどうつくるか、です。

 

川井:
金沢が今、21世紀美術館とかで新しく美術で地域を興していこうという動きがありますね。

 

中牧:
佐々木雅幸先生というNIRAで一緒に研究をしていた先生は、金沢大学におられた当時、21世紀美術館をはじめとする都市再生計画に深く関わった方です。今は大阪市立大学にいらっしゃいますけれども。

 

川井:
そうでしたか。

 

中牧:
金沢はクリエイティブ・シティの非常に良い例です。

 

川井:
この研究会から種が出て、花開きつつある?

 

中牧:
というよりも、すでに花開いたケースをここにまとめてあるんですよ(笑)
そういう事例をいろんなところで応用してみればいいんじゃないかというのが我々の研究でした。金沢はまさに良い応用例と言えますね。
金沢には伝統産業があります。漆や工芸、九谷焼なんかもある。職人の世界が今も生きていて、伝統産業もがんばっている街である。それと同時に21世紀美術館に代表されるような現代的なアートもある。
しかも、作品を並べるだけではなく、アーティストを支援しているんですよ。古い倉庫を開放してアーティストに24時間使えるようにしたりもしています。他にもいろんな活動があります。
そうして支援しているアーティストの作品が、現代美術館で見られる。
こうして、地元のアーティストを育てて、作品を展示する場と機会を提供している。それを実にコンパクトにやっている例ですね、金沢は。

 

「地の利」② クリエイティブ・シティとは

川井:

そういう意味で言うと、パッションだったり、創意工夫をいかにしてわき起こしていくかということが重要なのかなと思います。どうやったら人をインスパイアすることができるのか?
インスパイアがあったからこそ、「そうだ、やってみよう!」ということになるのだと思いますけれども、先生にはそういうご経験はありますか?

 

中牧:
梅棹忠夫という民博の初代館長は、1970年代の中ごろからはNIRAとも関わって、地方行政に文化をどう取り込むかということを一生懸命考えて仕掛けた人ですね。行政の文化化ということも推進した人でもあります。
梅棹忠夫のアイデアは、まず需要を調べてそしてそれに見合うようなことをするのではなかった。全く逆だったんですね。まず施設を作れと。

 

川井:
インフラ整備ということでしょうか?

 

中牧:
そうです。施設を作れ、そしたら需要はついてくると。後にハコモノ行政などと揶揄されるわけですけれども、まず文化的な施設を作れといったわけです。民博もそういう経緯でできたわけです。
必要があって提供するのではなく、供給によって需要が喚起される。

 

川井:
まずは新しい市場を作ろうということですね。

 

中牧:
施設として作ってしまえば、需要はついてくる。ハードを作ればソフトはついてくるという考え方だった。 時代は高度成長の頃です。バブルの時代。天の時がまだあった。
ソフトがなかなかついていかなかったことに四苦八苦していますけれども、日本はあの当時、相当に文化程度の高い国家になったと思いますね。

 

川井:
やっぱり、そこは東アジアの中でいち早く経済成長したという積み上げの大きさもあるのかなという気がしますけれども。

 

中牧:
もちろんそうですね。それがなければ、展開できないですからね。

 

川井:
先般、日本画家の上村敦先生にお会いして、中国の方々が今ピアノを上手に弾くと。それはテクニカルな意味で非常に上手なのだけれども、美的表現ととなると難しい。自由に、豊かに美を表すということまでにはまだ何十年もかかるんじゃないかとおっしゃっておられました。
少なくともこれから先二世代くらいの時間は要するのではないかと。
同じようなことが、学術的なストックにおいても、文化という意味では言えるのかなと感じたんです。

 

中牧:
いずれにしても、伝統というものがもっている力は大きいと思います。
文化は愉しむものなんです。
教育は詰め込むものだけれども、文化は発散するもの。
これも梅棹先生のアイデアで、文化はディスチャージ、教育はチャージだと。
教育は蓄積するもの。だから、教育委員会の元で文化行政をすることは間違っていると言って、教育部局から外して、知事とか首長のもとで直接やることをすすめた。
そうすることによって文化振興ができるという発想だったわけです。

 

川井:
むしろ文化は観光と一体となって、文化観光行政になったほうがいい?

 

中牧:
観光は要するに発散の方ですから、遊びなんですよね。遊びに投資する。

 

川井:
私たち観光事業者でいうと、遊びを促すように投資するんですね。

 

中牧:
そうそう。教育とはぜんぜん方向が違う。

 

川井:
体験する側はディスチャージですけれども、体験させる側には投資が要りますよね?

 

中牧:
要りますね。これは行政や民間企業がサポートしたり、ビジネスとして展開する必要があるわけです。
しかしながらだいたい行政っていうのは、文化にはあまり馴染まない。
何かをすれば税金の無駄遣いなんていう声がいつも聴こえてくるわけですから。
「遊び」の部分に金をかけるわけですから、行政は及び腰になる。

 

川井:
ということは、行政にできるのは規制緩和くらいで、あとは民間企業が…。

 

中牧:
やったほうが遥かにうまくいく。

 

川井:
ただ、民間だけで地域興しをやろうと思うと、発信するときのお金が付いてこないということがあります。そこでよくあるのは、自治体が連携事業として、民間の人たちを使って発信させる。それが一番ある種観光振興にはいい方法だと言えるでしょうか。

 

中牧:
インフラを整備するとか、ハコを作るとかというのは行政ができるんですよ。そこで十分なのであって、後は民間がやったほうがいいにきまっている。

 

川井:
なるほど。

 

中牧:
スモールビジネスもビッグビジネスも含めて、クリエイティブな文化産業、観光産業にアイデアをどんどん出していくことが重要で、行政はそういうところにあまり口を出さないほうがいい。

 

川井:
地域活性化にまつわる法律ができたこともあって、様々なところでまち興しを一生懸命やる人たちが出てきましたよね。そういう方々に対するなにか指針になるご助言はありませんか?

 

中牧:
その街に住みたい、という気にさせるということです。アメリカのリチャード・フロリダという人がやっている研究の中に、クリエイティブ・クラスの研究というのがあるんですが、街に住みたいのは仕事があるからではなくて、その町に住みたいから、そこで仕事を見つける。
これがクリエイティブ・クラスだというわけですね。
アメリカは大体1/3くらいはクリエイティブ・クラスで、もちろん様々なプロフェッショナルもいるけれども、いろんな意味でのクリエイティブな産業に携わっている人たちがいます。ボヘミアンみたいな感覚をもった人たちと言えるでしょうかね。魅力ある都市にはそういう人たちが惹き付けられてくる。そこで仕事を何か見つけようとする。

 

川井:
クリエイティビリティがあるから、仕事を自分で作り出したりもできますね。

 

中牧:
そうそう。住みよい街であるということは、環境も整備されているし、文化施設も整っているから、いろんな文化活動のチャンスがあるわけですよね。そういうところに人々は移り住んでいく。

 

川井:
創造性の豊かな人たちが住みたいと思う街には、どんな要素がありますか?

 

中牧:
ただ単に仕事に追われるのではなくて、余暇を充実させることが重要です。観光施設だけではなくて、そこに住んでいる人たちが、夜の時間を楽しく過ごせる施設がたくさんそろっていることです。酒場だけでなくて(笑)、コンサートに行ったり、観劇したり、週末ともなればいろんなイベントが行われる。一人でジョギングをするにしても、家族と外で過ごすにしても、犬の散歩をするにしても環境が整っていて、健康的な生活をそこで享受できる。そういう街には、住みたいと思った人が惹き付けられてやってくる。これがポイントだと思いますよ。

 

川井:
そうですね。人びとはそこに魅力を感じるんですね。
流行り言葉でいえば、ヒーリングもそのひとつです。それを求める人たちはものすごく多いわけです。ストレス社会で暮らしていますから。
奈良はまさに世界遺産になっている。こういうところの売りはヒーリングじゃないですか。それはウォーキングによっても達成できるし、それから巡礼によって、またそれに伴って温泉や川やら森やら恵まれた自然の中で過ごすことによっても癒される。それがセールスポイントになるわけです。
宗教といわないで、心の癒しというと、行政も関われますからね。行政も、宗教産業も巻き込んで、そこに観光産業も加わり、全体としていろんな形でやっていけますよね。そういうのは、一つの方向だと思います。

 

中牧:
ただ単に仕事に追われるのではなくて、余暇を充実させることが重要です。観光施設だけではなくて、そこに住んでいる人たちが、夜の時間を楽しく過ごせる施設がたくさんそろっていることです。酒場だけでなくて(笑)、コンサートに行ったり、観劇したり、週末ともなればいろんなイベントが行われる。一人でジョギングをするにしても、家族と外で過ごすにしても、犬の散歩をするにしても環境が整っていて、健康的な生活をそこで享受できる。そういう街には、住みたいと思った人が惹き付けられてやってくる。これがポイントだと思いますよ。