対談

【収録 2012年02月07日(火)】

第3回「日本という国を見つめて」 1 / 3

株式会社大和総研顧問

原田 泰 氏

株式会社大和総研顧問。2012年4月より早稲田大学政経学部教授。 1950年生まれ。74年東京大学卒と同時に経済企画庁に入庁、 イースト・ウエスト・センター、ハワイ大学、イリノイ大学に留学。 経済企画庁では国民生活調査課長、同海外調査課長、 財務省財務総合政策研究所次長を歴任。 生活白書、世界経済白書の執筆にも携わる。 退官後は大和総研専務理事チーフエコノミストなどを経て現在に至る。 著書に「震災復興-欺瞞の構図」(新潮社)、 「日本経済なぜはうまくいかないのか」(新潮社)、 「日本はなぜ貧しい人が多いのか―『意外な事実』の経済学」(新潮社)、 「デフレはなぜ怖いのか」(文春新書)、 「人口減少社会は怖くない」(共著=日本評論社)など多数。 「日本国の原則」(日本経済新聞出版社)では石橋湛山賞を受賞。

原田さんとは、2000年にリフレ派の経済学者が集まる研究会で出会い、それ以来交流をさせていただいています。歴史的素養、特に江戸から明治時代の日本の歩みを洞察し、近代化が日本に何をもたらしたのかを、主に経済学視点において考察されている方です。また、経済学はもちろんのこと、文化的な教養も深い方であり、何有荘にも奥様と一緒においでいただいたこともあります。 今回は、被災地復興や、円高と日本の金融政策、また教育の問題についてもお話をお伺いしました。

 

東日本大震災からの復興について

川井:

原田さん、よろしくお願いいたします。 先日のお話では、被災された方に直接現金を渡して安全な場所に行っていただく方がよっぽどいいとおっしゃっていましたね。 ところが被災地では、14メートルの盛り土を行う話が進んでいます。

 

原田:
そうそう。 それってものすごくお金がかかります。 工事費にいくらお金を払っても、被災地の人に届きません。まだ若者がいっぱいいて、働き手としてでも手元に渡るならいいですが、若者がいないから、そもそも工事の人手も足りません。 石巻は実際歩いて視て回りましたけれども、被災地の状況は大変なものです。だからこそ、被災された人たちに住宅再建の頭金を 直接配ればいいと思います。 実際たった9坪しかない仮設住宅に、結局500万円かかります。 これだけお金をかければ、住宅はもちろん、綺麗なホテルが建つかもしれませんね?

 

川井:
建ちますね。

 

原田:
地方なら坪50万円程で家が建つ。そんなところで9坪しかないのに500万円ってありえないです 。 仮設住宅は、すごくもったいないと思います 。 ちゃんと仕事のある人は、仮設に2年間いて、あとは自分で家を建てるっていうことになっているのですけど、 実際は高齢者の方々がたくさんいらっしゃって、それができない。でも仮設住宅は公園に建っている訳ですから、出ないといけない。 お金のない人を追い出すわけですから、次は災害公営住宅を別途作らなくてはいけないです。 全部合わせると、1世帯あたり2,000万円から3,000万円かかる計算になります。 10坪の仮設住宅から、鉄筋のアパートに移ったら、それくらいかかる。 そんなことするのだったら、500万円を住宅購入の頭金で渡せばいい 。 それが 不公平だと いうのなら 、最初にもらった人はしばらく近所の人を住まわせてあげればいい。 近所の一人暮らしの人を一定期間住まわせてあげる代わりに、頭金500万円あげますよっていえば、 ずっと安くできると思うのです。

 

川井:
ネットなどで調べてみましたら、去年5月に復興会議ができて、その時点ですでに東京大学の先生方が、被災地に再度津波が 来るかもしれないから、嵩上げするか高台移転をするかということをおっしゃっていました。 学校と公的施設は全部地盤を上げるべきだって書いてありましたよ。

 

原田:
それはね、好きなんですよ、工事が。

 

川井:
公共工事が?

 

原田:
そうです。公共工事が好きなんです。工事をすることが一番好きだからして いるわけで、コストは考えない 。 自分のお金じゃないから。自分のお金だったらコストを考えます。 「あなたに500万円を渡します。使いみちはあなたに任せます」って言えば、安全とコストを考えてちょっと高いところに家を建てるのでは ないでしょうか 。 それに、ちょっと高いところっていっぱいあるのです。だからと言って海の近くで安全なところに暮らしたいと望む漁師さんたちに、山に住みなさいというのは違います。石巻に行って分かったことは、海に近い川のすぐ近くの家は壊れていても、川から少し離れると壊れていないのです 。1階に水は入りましたが、2階は大丈夫という状況だった。ということは、万が一津波がやってきても2階に移動 すれば流されることはないということです。 であれば、普通の家を建てる場合も1階をコンクリートにして、2階を木造にすれば万が一のときも壊れないということになる。

 

川井:
1階を駐車場にしちゃうとかね。

 

原田:
石巻にもシャッター通りが ありました。シャッター通りっていうことは、余ってるっていうことですから、そこに人が 住めば いいじゃないかとも思いました 。それだけでは足りないのなら、上に積んで3階建てにすればいいと思うのです 。

 

土木工事好きな日本人

川井:

実は私は奈良に住んでいて、こういう仮説を持ってるんですね。 日本土建国家統制論。

 

原田:
(笑)

 

川井:
さっき原田さんがおっしゃっていた、「工事が好きなんだ」っていうのは日本人のDNAじゃないのかと思うのです。 例えば平城京のような都の造営を考えてもそうです。造っては壊し、また移転する。お伊勢さんも20年に1回式年遷宮をしますよね。20年に1回遷宮をすることの意味は、工事技術を伝えていくという伝播の意味ももちろんあると思います。技術を伝えていくために、前に造ったものがまだきちんと使えたとしても、また造る。東大寺の大仏様も、金銅仏としては当時で最大のものなのです。中国にもないような巨大建造物や、巨大金銅仏を作ることを考える時点で、中国人とは違う文化圏が日本にはある。「建てるぞ!」とか「造るぞ!」「灌漑するぞ!」っていうDNAが国家にあるように思うのです。

 

原田:
なるほどね(笑) しかし、いくら土建が好きだからって、今ダムが役に立っているのかと言えば疑問でしょ。東大寺の方が長い間ずっと役に立っているじゃないかと思います。

 

川井:
なるほど。日本で最高の投資は、法隆寺ですよね。東大寺は何回か戦などで燃えているから再建しています。でも再建するだけのパッションを持っていたという意味では、すごいコンテンツだったと言えますよね。 法隆寺は、1回は燃えているんですけど、再建後あと千数百年ずっと保っている。

 

原田:
しかしよく残っていました ね。大したもんです 。

 

川井:
ですから、法隆寺ほど最高の投資はなかったんじゃないかと思うのです。世界遺産になっていますし、今でも拝観料を取れますしね。 お坊さんも周辺の人たちも…。

 

原田:
それで生活しているわけですからね。

 

川井:
そうそう。今なお雇用を生み出しているのです。そういう意味で言うと、日本国の国債の信用力よりも、実は東大寺や法隆寺の債権信用力の方が高いんじゃないかって。

 

原田:
なるほど。

 

川井:
たとえば東大寺が借金して塔を建てて、それを100年後に観光収入で返しますといわれても信用に値しますよね。

 

原田:
経済破綻したギリシャも、パルテノン神殿を形(かた)[*1]に入れろとか言われていますものね。

 

川井:
それはすごいモデルだと私は思います。

 

原田:

パルテノン神殿は、紀元前400~500年前のものですよね。今ではかなり壊れているけれど、それでも人が来るんです 。 東大寺は…1300年ですね。そういういいコンテンツであれば、 造ることを反対はしていないです 。 東名高速だって、1960年代に造っていたものは 、みんな必要なものだと思うのです。 だけど1990年代に造られたハコモノ[*2]って、全然だめじゃないですか。まだ数十年しか経っていないのに、もうみんなハコモノには来ないでしょ?

 

川井:
あの時期に、民間企業が造ったものもしんどいです。わかりやすいのが一部のテーマパークですね。

 

原田:
それに比べて東大寺の再建や、お城の再建には意味がある。
すごい手の込んだ作業が必要ですけど、でも再建すれば人が来る。
もしコンクリートで適当に作ったら、やっぱりあまり人が来ないと思うのです。

 

川井:
何有荘(京都・南禅寺界隈の庭園)を買ってくださったラリー・エリソン氏(米オラクル・コーポレーション創立者)は、世界的にも有名な刀と甲冑のコレクターで、日本美術がすごく好きなんです。彼のように、忍者が好き!とか、武士が好き!という方が世界中にたくさんいらっしゃるとお聞きしますし、お城にはまだまだ世界から観光客がやってくると思うんですよ。先日、名張市の職員さんに向けて講演とワークショップをさせていただいたのですけど、名張って本当は「隠」と書いて「なばり」って読むんですね。隠れの里、忍者の里なのですよ。柳生十兵衛がいた奈良から、伊賀上野、名張あたりが、江戸時代よりもっと以前のCIAの一帯みたいになってるんです。

 

原田:
そういうストーリーだって観光になります ね。やはり 本物、本当の「物語」は迫力が全然違うと思います 。

 

川井:
奈良に限らず、物語に基づいて広域で考えると、実はまだまだ地域の活力を高めることができると思うんですよ。 ローマ神話の中にゲニウス・ロキ[*3]という神様、精霊が出てきます。どの場所にもそれぞれ特徴があり、その土地が本来持つ力そのものを擬人化して、神ととらえる。つまりそれが、土地の守護神=ゲニウス・ロキです。 そういう神祀りに、地鎮祭があります。それぞれの土地の神の力に逆らわずに建物を建て、地域開発をすべきだ、という考え方が昔からあるのです。その土地の風土、固有の歴史、資源をどのように十分「尊重」するかが、優れた景観やコンテンツを産むのだと思います。

 

原田:
その土地固有の物語を掘り起こすということに、もう十分ということはないの でしょうね。

 

川井:
交流人口を拡大して海外の方が来る、つまり人口が減少しても交流人口によって需要を嵩上げしていくことはできる。 日本には、まだまだいっぱいできることがあるという気がするのです。

 

[*1]形

担保 債務の履行を確実化するために、義務者から権利者に提供される事物。

 

[*2]ハコモノ
箱物行政(はこものぎょうせい)とは、図書館や美術館などの施設の建設に重点を置く国や自治体の政策を揶揄する表現のこと。

 

[*3]ゲニウス・ロキ
ローマ神話における土地の守護精霊である。蛇の姿で描かれることが多い。欧米での現代的用法では、「土地の雰囲気」や「土地柄」を意味し、守護精霊を指すことは少ない。