対談

【収録 2012年02月07日(火)】

第3回「日本という国を見つめて」 2 / 3

円高が招くもの

川井:

これからの日本のあるべき姿としては、人口は減っていくけれども、名目成長を高めにしておく。つまり物価の上昇率が高くなって、需要を嵩上げしていくとまだまだ成長の余地はあると原田さんは思ってらっしゃいますか?

 

原田:
もちろん。日本の製造業は厳しい状況にあるわけですけれども、それも円高の影響が非常に大きい。
小泉政権時代、円は安定していたのです。なぜ安定していたかと言うと、量的金融緩和政策[*4]というのをやっていて、日本銀行がお金を 出していたんです 。それで、今なぜ円高になったのかというと、リーマンショック後の金融危機において世界中で金融緩和が行われた。金融危機にお金出すのは当たり前のこと です 。しかし、日本は金融危機では ないと言ってお金を出さなかったの です。世界中がお金を出しているのに日本だけが出さなかったら、円高になるのは当然です 。為替レート[*5]というのは、通貨と通貨の 交換比率ですから、お金を出さない国の通貨は高くなる。だから円高を解消するためには、日本銀行はお金をもっと出さないと いけない。 一方、韓国はお金を出しましたので、ものすごいウォン安になりました。日本は120円から75円の円高になり、韓国は1円が0.1ウォンぐらい、1ドル1,000ウォンくらいだったのが、 一時1ドル1,700~1,800ウォンくらいになりました。今はだいぶ戻っていますけれども。 今はだいぶ戻ったと言っても、対日本で考えたときには、ウォンに対して5割以上円高になっています。

 

川井:
仕事柄韓国にもよく行くのですが、この数年ロッテホテルの周辺に何回行ったことか。免税店には、日本の女性ばっかりですよ。化粧品コーナーではかたつむりの化粧品をみんな買って帰るんです。韓国で買ってきた人が日本国内で韓国からの輸入品として売って、日本人が買う。そんな構造もあって、化粧品は韓国製がどんどん日本国内で売れているような気がします。

 

原田:
昔だったら、安かろう悪かろうだったんですけどね。韓国製品もどんどん質が向上してきて、さらにウォンがすごく安くなっているから宣伝費等にガンガンお金をかけられるんです 。

 

川井:
実はですね、私の愛用バッグはうなぎの皮でできた韓国製なんです。すっごい丈夫で、発色が綺麗なんですよ。 自分自身が韓国で買い物をして、品物の良さは実感しています。

 

原田:
特に製造業の場合、基本的に「モノ」は同じなわけですからね。そこで他の国は真似できないすごい「モノ」を作ると言っても、 そう簡単ではない。 今までの日本は、穏当な値段で高品質だった。それが円高になって、ウォン安になった。日韓は同じような「モノ」を作って、 同じような国に売っているわけですから、円高になると日本から買わなくなり、結局困ってしまう。

 

川井:
そうですね。商品市場という意味では、国際観光旅行の商品としての旅行パッケージも同じです。すごく減っている気がします。 香港などは、日本にとってすごくいいお客さんだったんですけど、やっぱり為替レートが振れるので、「今このタイミングで日本に行くことないよね」となっているのではと思います。数年待って、円安になってから行こうと。旅行するなら同じアジアでも、今は通貨安になっている韓国に行こうということになる。自分たちが海外に行くときを考えてみればよく分かると思いますが、ユーロが上がっているからヨーロッパに行くのではなく、 ドル安の米国に行く。あるいは、スイスに行くのかドイツに行くのかを決めるとき、「スイスのフランが上がっているのであれば、ドイツに行こうよ」という判断が、旅行先を選ぶときの一つの基準としてありますよね。 今の日本は、海外の方からこのような 判断をされて、旅行先に選ばれていないという気がします。

 

原田:
そこで、通貨安という理由で旅行に訪れた国が、「思っていたより意外といいじゃないか」と観光客に思わせればもう勝ちなんですね。
製品も同じで、電気製品や、自動車も、「安さで選んだけど意外といいじゃないか」と気に入ってしまえば、円高が解消したところで、買い手がもう戻ってこないことが起こり得る。そういう意味でも危機的です。
話してきたように、円高になるとこうして国内の製造業が弱くなっていく。そうすると、地方では製造業がないと地方公務員の給料が一番いいんです 。製造業の大きな工場がないと、地方に住む人たちの年収が200~300万円というのが普通になり、そんな状況で公務員だけ500~600万円の給料を税金からもらっていると、当然バッシングされる。
ですから 円高がもたらす影響というのは非常に大きい 。
先ほどスイスを例に出されましたけれど、スイスは金融立国なのに、これ以上スイスフラン高になったらだめだと言って、 無制限介入[*6]をやり始めたわけです。 この際、日本もウォンにペッグ[*7]するのはどうでしょうか ?

 

川井:
ウォンにペッグですか?元ペッグではなく。

 

原田:
同じような「モノ」を作って同じような国に売っているわけですからね。そうすれば競争条件が公平になりますよ。

 

日本の金融政策について

川井:

今のお話を聞いていると、日銀の金融政策より、韓国の中央銀行の金融政策のほうが上手なんだというふうに私には聞こえますけど。

 

原田:
まさにそうなんです 。だから上手な人の真似をすればいい。だけど、結局1990年までの成功によって、日本は日本のシステムでうまくいくと思い込んでいる。他の国はもっとうまくいってるのだから、真似ればいいという発想がすごく弱くなっていると思います。

 

川井:
今の日本、社会モデルそのものを見失っている気がするんですよね。

 

原田:

このホテルにあるように囲炉裏のそばとか 、日本人として心地いい暮らしぶりというのはあるわけで、それは守りたいって思っているはずなんです。だけど、その心地いい暮らしを守るために今打って出ないと、守れないじゃないかと思うのです。 高い生活水準を維持したいっていう気持ちはあると思うんです 。 一方で、十分豊かになったんだから、もういいじゃないかって言う人たちがいるの だけれども、じゃあその人たちはこれから高齢化して、あなたの年金を誰が払うのかということを考えてないんじゃないかと私は思うのです 。
自分が貧乏になってもそれは構わない、と言うのでした ら、それはそれで本人の好き好きだからいい。だけど、社会として高齢者が増えて人口が減っても、同じ年金を払えと いうんですよ?それは無理でしょう。今までと同じ年金がほしいなら、若者が豊かにならないと年金は払えませんよということなのです。だからそこだけは真剣に考えてもらわないといけないと思う 。本人が金はほしくないというのは、好き好きですからそれは構わないですけどね。ただ、そこに矛盾があるっていうことに気がついてもらわないと無理がある。

 

川井:
娘とテレビを見ていたときに、「官僚の話を聞いていると、勘定を合わせることだけを考えていて、お金を回すということが 視野からすっぽり抜け落ちているように思う」って言うんですね。

 

原田:
まったくおっしゃる通りで、しかも実は勘定も合っていないのです 。今の税と社会保障の一体改革がどういうことになっているか というと、消費税を上げるのと同時にそれを使ってしまうの です 。だから、国の赤字はほとんど減らない 。では何に使うのかというと、福祉です。福祉に使うということは、高齢者一人に対する福祉を増やすっていうことなのですよ。

 

川井:
今使っちゃったらだめじゃないですか。貯めるか、積み立てするかに回さないと。

 

原田:
そう 、貯めないといけないんです 。今の赤字分を減らしてもいいですよ、それは貯めるのと同じことですから 。 しかし、そうではない。 子ども手当ての場合は、今年勘定が合っていればいいのです 。子どもは減っていきますから。 でも高齢者一人当たりの福祉支出を増やします と、高齢者は増えていきますから、将来の福祉支出はもっと増えてしまう 。 そこがわかってない。

 

川井:
つまり、勘定も合っていない。

 

原田:
ええ。ですから 、知ってか知らずか分かりませんが、岡田副総理が2075年に…っていう話をしたのは、すごくいいことなのです 。 つまり2075年に足りるようにするためにはどうしたらいいのかを考えざるを得なくなるから、今消費税を上げて福祉支出を増やしちゃうと、足りなくなる って ことが分かるのです 。消費税を増税して 、それで勘定が足りてればまだいいのです 。 でも今のやり方は消費税増税に反対する人が多いから、反対する人にお金を配って黙らせるっていうことです 。

 

川井:
何のために増税するのかわかんない…。

 

原田:
財政赤字を減らすために増税するのではないんです 。増税したいから増税するのです。

 

川井:
なるほど…。

 

原田:
非常に困った状況です。その困った状況に岡田発言を契機として気が付いてくれればいいと思ったのですが 。

 

川井:
なかなか難しそうな気がします。

 

原田:
なかなか難しいのだけど、簡単に分かるわけです。 今の高齢者一人当たり の社会支出を維持するためには、 2060年には消費税60%が必要になるのです 。

 

川井:
そういう話は放物線とかね、数学の線が思い浮かばないと意味が分からない人が多いのではないかと思うのです。

 

原田:
いやいや、一人当たりの高齢者に今これだけ使っていますということが分かって、高齢者の数が増えるというのは分かりますよね。

 

川井:
分かります。

 

原田:
一方、働く人は減っていく。生産年齢人口が減っていって、高齢者が増えていくから、GDP(国民総生産)に占める社会保障支出の割合が増えていくわけです 。

 

川井:
私はなんとなくバランスの中で見えるような気がするんですけど、主張している方は分かっていないのでしょうか。

 

原田:
そりゃ分かってないでしょ。「財務省が大丈夫だって言ってるから大丈夫だ」って信じているわけだから。

 

川井:
では、財務省の人たちはなぜ大丈夫だって言えるのか。

 

原田:
それはここ1~2年のことしか考えてないからでしょ。

 

川井:
いや、でも自分の子どももいるわけで、自分の孫も…。

 

原田:
そんな先のことは考えてないですよ。

 

川井:
いやいやいや……(苦笑)。経済学部を卒業しているうちの娘ですら、背中をポンと押すだけで、 「おかしいんじゃない?お金をしっかり回すということをしないとだめなんじゃないか?」っていうことを言うと分かる話ですよね。

 

[*4]量的金融緩和政策

量的金融緩和政策(りょうてききんゆうかんわせいさく、Quantitative easing)とは、金利の上げ下げではなく中央銀行の当座預金残高量の調節によって金融緩和を行う金融政策で、量的緩和政策、量的緩和策とも呼ばれる。 日本銀行が2001年3月19日から2006年3月9日まで実施していた。

 

[*5] 為替レート
為替レート(かわせレート、英: Exchange Rate)とは、通常の外国為替の取引における外貨との交換比率(交換レート)である。為替相場、通貨レート、単にレートとも呼ぶ。基本的に市場で決定される。市場で決定されたレートを MER (Market Exchange Rate) と呼ぶ。

 

[*6]無制限介入
日本経済新聞:スイス、苦肉の通貨高阻止策 無制限介入という賭け 2011/9/6 21:02 (2011/9/6 21:02更新)

 

[*7]ペッグ
ペッグ制は、固定相場制の一つで、米ドルなど特定の通貨と自国の通貨の為替レートを一定に保つ制度をいう。また、ペッグ(peg)とは、「釘止めし、安定させる」という意味で、固定相場制とは、為替相場の変動を固定もしくは極小幅に限定する制度をいう。一般にペッグ制では、自国の通貨と特定の通貨との為替レートは一定に保たれるが、その他の通貨との為替レートは変動する。現在、ペッグ制は、貿易規模が小さく、輸出競争力のある産業が少ない国などが多く採用している。また、これらの国は、貿易を円滑に行うなどの理由から、自国の通貨を貿易において結びつきの強い国の通貨と連動させている。なお、本制度では、相場維持のために、連動させる通貨の国に金融政策を追随しなくてはならないという問題点がある。