対談

【収録 2012年10月06日(土)】

第7回「還る場所・奈良」をめざして 2 / 3

ホテルについて

片倉:

私はホテルにとっても興味があるの。私はあちこちのスイートに泊まるんだけど、スイートで成功するのと、していないのとあるんです。私はそんな高いところではなくて、熱海のKKRホテル のスイートみたいなところに泊まったりするんだけど。あなたも一度行ってごらん。海が見えて、ものすごくいい景色なの。トイレも二つあるし、広々として控室もあるし、ものすごく大きいのよ。それで2食付きで1万4千円。

 

川井:
安い! かなわないな、それは。

 

片倉:
安いでしょう?そこのスイートに一人で泊まるんだけど、海が見えるからいいのよ。

 

川井:
KKRホテルはいいところが多いですよね。大阪のKKRも、バンケットというか、お食事室があるんですけど、会場の。大阪城公園と大阪城が見えるんですよ。その部屋でお食事をするのがすごくいいんです。

 

片倉:
あ、本当? そこは行ったことがない。

 

川井:
そしたら一度行きましょう。

 

片倉:
だけどKKRホテルも全てがいいところばっかりじゃないですよ。駄目なところの方が多いかも。
万博公園の中の、いまホテル阪急エキスポパークになっているでしょう?前はホテルオオサカサンパレスと言っていたけど。あそこにスイートがあるんですけどね。そこも広々としてなかなかいいの。だけど、なんかちょっと落ち着かないし、景色も悪いんです。そしたら、今はね、大勢の家族向けの部屋になっていて、スイートとしては機能していないらしいんです。

 

川井:
メゾネットのところですね。

 

片倉:
万博公園のホテルは、スイートがなくなったという感じですけど、それも一つの考え方ですよね。スイートって、あまり泊まる人も少ないでしょう? 

 

川井:
そうなんです。

 

片倉:
こちらのホテルアジール・奈良のスイートも、失礼ながら、そうした方がいいんじゃないかな、と思ったんです。昨晩、このホテルに泊まらせてもらったんですけど。全体はもちろんいいんですよ。ほかはいいんだけど、あのスイートだけちょっと私には向かなかったですね。一番いい部屋といっても人によっていろいろあるでしょう?このホテルのスイートは、広さはあるんだけど、景色が団地しか見えないのね。私は緑が見えないと駄目なのよ。

 

川井:
それは申し訳ありませんでした。

 

片倉:
結局、無理を言って移らせてもらったんです。ほかの部屋を見せてもらって。というか、私、いろんなお部屋を勝手に見に行ったの(笑) お掃除に来られたからやりにくいかなと思って自分のいた部屋を出ると、他の部屋もちょうど掃除していて空気を入れ替えていたのか、全部の部屋のドアが少しずつ開いていて、ちょっとのぞいてみたら、お、いいな、こことか思う部屋があってね。その替えた部屋は窓からきれいな若草が見える。その若草が見える風景があるだけで、ああ、これでいい、それだけでいい、と思ったのよ。

 

川井:
そうでしたか。すみません。

 

片倉:
それとスイートのおトイレのところね。トイレは別でお風呂を広々としてあるんだけど、色が全部真っ白なんです。部屋の中が落ち着いているのに、あそこだけなんでこんな浮いた感じの色なのかな、と。差し出がましいけどちょっと茶色っぽい色とか、何かにしたらいいなとか思っていたんです。でも、後から替えてもらった部屋の洗面所の感じはすごくいいの。ちゃんとほかと合わせた落ち着いた色にしてあるんです。あそこはいい、ものすごくいい。

 

川井:
実は館内の部屋は一気には改装できないので、少しずつ変えていっているんです。支配人が中に変わってから、良い方向へマイナーチェンジさせていっていてくれていて。特にその部屋が変わっているんですよ。

 

片倉:
あ、そう。(泊まった部屋は)ほかの部屋と同じようなつくりだけど、あの畳がなかなかよろしいですね。あれいいわ。あそこは文句なくいいわ。

 

川井:
ありがとうございます。

 

片倉:
あと、スイートに壷が置いてありましたよね。もし今後もスイートとして使うのなら、もう少し調度品もこだわったものにしてもいいかもね。せっかくなので、私が何かいいのを持ってきてあげましょうか?

 

川井:
ありがとうございます。すみません。もうちょっと調度品も凝るようにします。少しずつ。

 

片倉:
だけど、さっき言ったような家族部屋にしてしまうというんだったら、べつに今のままでも十分ですけどね。

 

川井:
このホテルには、一部屋「バンビルーム」というのをつくってあるんですよ、子どもさん向けのコンセプトルームなんです。スイートは今後そういう(バンビルームのような)形で、家族部屋の中でも少しグレードの高い部屋として使っていってもいいかもしれませんね。

 

片倉:
あのスイートには、板の間があったでしょう。あそこの板に畳を敷いて、子ども連れの人とか、そういう人を、あそこに寝かせるようにして、大勢の方が泊まるようにするとか。万博公園のホテルのスイートはそうされていたんですよ。

 

川井:
なるほど。

 

片倉:
そうするとあそこの板の間を活かせますしね。今はあの板の間に椅子が二つ置いてあるでしょう? あれがちょっと、何ともしようがない感じがして。いろりにもなっていないし、外人さんでも座れないと思うんです。

 

川井:
その板の間に、琉球畳を敷くという手もありますよね。

 

片倉:
それはいい案ですね!琉球畳はいい。

 

川井:
分かりました。ちょっと工夫してみます。ここのホテルそのものは、一度つぶれた若草ホテルを買い取ったんですよ。

 

片倉:
ああ、だから敷地は選べなかったのね。

 

川井:
そうなんです。

 

片倉:
だけどね、若草ホテルという名前は、ちょっと違いますよね。(私の泊まった)あの部屋しかたぶん、若草は見えないものね。でも、私はその若草山が見たい。若草山は懐かしいところなんですよ。

 

川井:
ホテル業は0からはやってみる自信がなかったんですけど、日本がバブル崩壊して駄目になったときに、過大な設備投資をしたりして大きな借金を抱えたホテルが何軒かつぶれたんです。その中の1軒がここで、それを買って。逆に言うと、設備はちゃんとそろっているし、値段もそこそこ安かったので、ホテルを始められたんです。

 

片倉:
ああ、そうなの。だけどこのインテリアは、川井さんが手を掛けられたんですよね?

 

川井:
そうです。その買い取ってから私のときに。

 

片倉:
このインテリアはどなたがされたんですか?

 

川井:
林先生という、私ともう20何年、一緒に仕事をさせていただいている設計士さんがいらっしゃるんですね。その人が内装を全部やっていまして。林先生と一緒に、今ここにある暖炉は絶対置きたい、というのと、それと昔の囲炉裏を置いた雰囲気をしっかりつくり込みたい、というのをずっと話し合って。

 

片倉:
これ、いいですよね。11月ぐらいになったら、さらにいいですよね。11月頃にまた来させてもらいますね。

 

川井:
ありがとうございます。

 

片倉:
ここに本が置いてあるのもいいですね。今度私の本も持ってこようかな。

 

川井:
この本も、もう少し入れ替え制をしっかりやっていかないといけないなと思っているところなんです。

 

片倉:
(今あるような)ごっつい大きな本もなかなか重厚でいいけど、普段はあまり見られないからね。

 

川井:
これは写真がほとんどなので、箱から出して、ぱっと開けてもらえるようにした方がいいかな、と。

 

片倉:
それがいいですね。ところで、このホテルの名前の「アジール」とはどういう意味ですか?

 

川井:
ギリシャ語で「寝殿」、ドイツ語で「逃げ込む場所」みたいな意味なんです。避難所みたいなところなので、疲れた方々に癒やしてもらえたらいいかな、と。

 

片倉:
ああ、アサイラムの。若草ホテルよりよっぽどいいですね(笑) 私もおととい、浜松でちょっと仕事があったので、ここへは、へとへとの状態で着いたんです。そしたら、本当にここは癒されましたね。今日1日ここでゆっくりさせてもらって、本当に少し元気を取り戻せました。いいところですね、本当に。奈良はがやがや来るところと違うもんね。やっぱり奈良はいいね。

 

川井:
ありがとうございます。

 

片倉:
私は京都にずっといたけど、川井さんは奈良生まれですよね?

 

川井:
そうです。奈良生まれの奈良育ちです。

 

片倉:
ああ、そうなんですか。実は私にとって奈良は、見るもの、聞くもの、みんなふるさとそのものなんです。

 

川井:
そうなんですか。

 

片倉:
このホテルの「かがりや」の窓から見えたお庭にちょっとした橋ね、実はあれがうちのおじいちゃんの家にそっくりそのままあるんです。春日大社さんの根木で仏像をつくったというおじいちゃんなんですけど。とても面白い人だったんですよ。私はそのおじいちゃんが、すごく好きだった。

 

川井:
お母さま方のおじいさまですか?

 

片倉:
そうです。私の父も奈良の柳生出身でしたけどね。

 

川井:
お父さまもお母さまも奈良ご出身だったんですね。

 

片倉:
そう、奈良は縁が深いんです。その奈良で、小学校に通ったから、だから奈良はふるさとと感じるんです。

 

川井:
そうなんですか。

 

片倉:
父の仕事の関係で戦前は上海に行ってたんだけど、そこから母と妹、弟と日本に戻ってきて、まず飛鳥小学校に行って。

 

川井:
おじいちゃん、おばあちゃんがいる奈良は疎開先みたいなものだったんですね。

 

片倉:
母は、いま考えれば教育ママだったので、飛鳥小学校だったら駄目だとか言って、学大の附属に入れさせられたんです。

 

川井:
今の教育大附属ですね。

 

片倉:
そう、千田稔[*6]さんがおられたところです。そこに入れてくれて、それからずっと、妹たちもみんなその教育大附属に行って。弟もそうだったかな。

 

[*6]千田稔

=千田 稔(せんだ みのる、1942年10月3日 – )。日本の地理学者。専攻は歴史地理学。 奈良県立図書情報館館長、帝塚山大学特別客員教授、国際日本文化研究センター名誉教授。1992年に文学博士(京都大学)。奈良県出身。