万葉集と能『翁』が説く大切なこと
- 川井:
- 万葉集の一首目は、「籠(こ)もよ み籠持(こも)ち」という、天皇が乙女を誘う歌です。二首目が国見の歌。1番、2番、から10番目くらいはね、編集した人々や、編集した時代の想いが描かれているのではと思うのです。
この少子化の時代にこそ、天皇が乙女を誘う歌の象徴性を見直すべきだと思います(笑)「こういうことの大切さを忘れているのでは?」と問われているような。 - 籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ
み掘串持ち この丘に 菜摘(なつ)ます子
家告(の)らせ 名告らさね
そらみつ 大和の國は おしなべて
われこそ居(を)れ しきなべて われこそ座(ま)せ
われこそは 告らめ 家をも名をも
雄略天皇(万葉集 巻1-1)
- 石原:
- あの当時は、大衆でなければできないことが多いから、子孫を増やすことは大切な願いのはず。
今は子どもが減っていっていますよね。これは悲しいことでね。
万葉集には「まぐわい」の歌がたくさんあります。
結局それが大事やということです。我々が一番大事にしている「翁」という能がありますが、それも元々はそういう祈りの文章です。
「盛りあいて寝たれども」とか「まろびあいて寝たれども」という言葉がちゃんと入っています。
- 川井:
- 何回も観ているのに、そんな文言があったとは気付きませんでした
- 石原:
- 「参らうれんげじやとんどや」。
- 川井:
- それは翁が媼に対して愛をささやいているのですね。要するに夫婦で齢80まできたよ、ここまできたよという歌ですね
- 石原:
- そうそう。それから一人若い人が入ってきます。次の子どもが生まれているわけですね。
- 川井:
- 子孫繁栄ですね。
- 石原:
- それが「翁」の一番です。
- 川井:
- 昔の日本の農家は、豊作であることと、子孫繁栄=要するにまぐわうことが一体で、ある種まぐわうことは祈りの儀式に近いものだったような気がします。
- 石原:
- かつては夫婦になれば「無事にまぐわいできました」と仲人さんに報告したもんや。今そんなことがあるかどうか知らないけれども。
- 川井:
- 日々の暮らしが、祈りに満ちた聖々しいものだったのでしょう。
先ほどの「おおみたから」という言葉も、人民は天皇にとって子どもであり、財産。その人たちを大切にするのが天皇の仕事ですよということですよね。それが万葉集では、第2の国見の歌で歌われています。
- 石原:
-
いかに人びとを大事にしていたかということが分かりますね。
- 川井:
- 高みから下を見下ろしたときに、人びとが本当に豊かであるか、少なくとも毎日のご飯が食べられているか。それを約束することが私の仕事ですよ、と2首目で宣言している。
先生がおっしゃっているように、子孫を繁栄していくこと、日々の食べ物があること。それらで満ちているように思うのです。
大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ
天の香具山 登り立ち 國見をすれば
國原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立ち
海原(うなはら)は 鴎(かまめ)立ち立ち
うまし國ぞ 蜻蛉島(あきづしま)大和の國は
舒明天皇(万葉集 巻1‐2)
- 石原:
- そういう元もとの人間の姿を、神話がほのかに感じさせてくれるかもしれませんな。
- 川井:
- ほのかに感じてもらうのはありがたいことです。
私は小学生のときにお能、謡の世界があるということを先生に教えていただきました。
それがとても幸せなことだったと思います。
それに、父親が子どもに本を買ってくる中に、神話の本があったことも。
奈良のつとめとして、ただのお話ではなく、かつてここでは本当のこととされていましたよということを伝えていくことでしょうね。